言い切りが痛快な中国史の概説書 宮崎市定『大唐帝国』
目次
中国史研究の大家である、宮崎市定先生の著書には前から興味がありました。今回、意を決して、旅行中に『大唐帝国』を読むことにしました。
漢から五代十国までを扱う、教科書的な概説書です。ただ、堅い教科書に比べると、著者の意見や解釈が豊富です。その分読みやすく、面白い本でした。
読んでいて強く感じたのは、歴史の面白さは、語り手の力量に大きく依存するということです。
教科書との違いは人物の印象が書かれていること
歴史の本は、著者によって書き口に特徴が出るもので、それで面白さが違ってきます。
比べていたのは、やはり世界史の教科書です。なるべく中立に書こうとしているのでしょうが、結果として、無味乾燥な記述が続きます。
一方でこの本には、「この人はどういう人だったのか」について、宮崎市定の印象が書かれています。ここが大きな特徴です。
宮崎市定の議論には、言い切りが強い面もありそうだと思いつつ、なかなか痛快な書き振りだと感じました。
印象に残った宮崎市定の見方
宮崎市定は、魏晋南北朝の官僚登用制度を研究した『九品官人法の研究』で、日本学士院賞を受けています。魏晋南北朝は、著者の専門の時代です。
私が印象に残ったところも、魏晋南北朝の話が多くなりました。
魏晋南北朝は景気循環の長い低迷期
魏晋南北朝を、景気循環の長い低迷期として捉える経済史観です。この見方は、私にとって新鮮でした。
「熟蛮」と「生蛮」
五胡十六国の諸国や支配層について、「熟蛮」「生蛮」のように、中国文化への同化の程度を尺度にして論じています。
人によっては決めつけだと受け取られそうですが、一定の真理はあるのではないかと感じました。
特に印象に残ったのは、次のようなくだりです(原文の引用ではなく、私の記憶による要約です)。
精強な「生蛮」の異民族は、征服や略奪で利益を得ます。しかし、それによって自ら弱体化したり、享楽に慣れずに酒に溺れて寿命を縮めたりします。そのことを、歴史は「よくできているものだ」といった、皮肉めいた語り口で書いています。
大胆な一般化だと思いつつ、宮崎市定の痛快さを感じたところです。
孝文帝の漢化政策は生き残るための設計
北魏の支配民族である鮮卑は、ほかの北方民族を取り込んでも、漢人に比べて人口がはるかに少なかった。そのため、長い目で見れば漢化は避けられなかった、という解釈です。
そのうえで、孝文帝の漢化政策を、鮮卑が自然に同化するのを待つのではなく、中国社会の上位貴族として生き残るために設計した政策だと捉えています。この説明には、なるほどと納得しました。
東晋への一貫した辛辣さ
東晋を、貴族文化に偏った、気概の乏しい王朝として、一貫して辛辣に評しているのが面白かったです。
玄宗をほとんど褒めない
玄宗を、宮崎市定がほとんど賞賛していなかったのも意外でした。
即位の前後までに政変が相次ぎ、宮廷内の対立勢力や派閥が整理されていたので、玄宗は政治を進めやすい条件に恵まれていた、という見方です。これは興味深いと思いました。
読みながら私が感じたこと
曹操時代の魏は人材が厚い
魏晋南北朝の諸王朝と比べると、曹操時代の魏政権は人材が厚く、国家運営の安定感が際立っていたと感じました。
政治や軍事の人材をそろえ、組織として統治できていた点を、私は高く評価しています。
人口移動の方向をめぐる政策論争
魏晋期に、人口移動の方向をめぐる政策論争があったことを、この本で初めて知りました。実際の歴史の進み方とは対照的で、面白いと思いました。
八王の乱の流れを説明できるようになった
読み進めるうちに、八王の乱の大筋を少しずつ覚えてきました。
楊駿ら三楊と賈南風の対立から始まり、司馬亮・衛瓘、司馬瑋、約9年間の賈南風の実権掌握、司馬倫の帝位簒奪、諸王間の抗争、そして最後の司馬越まで。この権力の推移を、自分の言葉で説明できるようになりました。
高校世界史くらいの知識があれば楽しめる
まったくの初学者には、難しい本かもしれません。
各王朝や歴史上の人物を、ある程度知っていることが前提になっているからです。ただ、そうした予備知識があるからこそ、著者の大胆な解釈や評価を楽しめると感じました。
とはいえ、必要な予備知識はそれほど多くありません。高校の世界史などで、漢から唐までを勉強した記憶があるくらいなら、十分楽しめると思います。
大唐帝国 中国の中世(宮崎市定)
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