「断捨離=デッキ構築ゲームにおける圧縮」という気づき

Slay the Spire

ボードゲームをしていると、時折、人生のヒントになる気づきがあります。最近いちばん腑に落ちたのが、断捨離についてです。
これは、デッキ構築ジャンルのゲーム (有名なものでは、ドミニオンやSlay the Spire) をしていて得た考え方です。

この手のゲームでは、強いカードをデッキに加えることと同じくらい、序盤に使っていた弱いカードを取り除くことが重要になります。
弱いカードを減らすことでデッキの純度が上がり、強いカードを使える頻度が増える
これをデッキ圧縮と呼びます。

不要なカードが多いと、手札事故 (必要なカードが欲しいタイミングで引けないこと) も起きやすくなります。(なお、本記事のサムネは、Slay the Spireをプレイしたことがある方ならお分かりかと思いますが、圧縮に手が回らなかったゲームでの酷い事故です🤣)

現実の生活でも似たことが起きていて、不要なものが多いと必要なものがガラクタに埋もれたり、管理コストが増えたりと、じわじわ時間を奪われてしまいます。

デッキ圧縮と断捨離

これと同じように、日常でも不要になったモノを消すことが重要で、視界からも意識からも不要なモノの存在が消えれば、より純度の高い過ごし方に繋がるのではないか?
と考えるようになったのです。

私はもともと、モノへの執着が強く、断捨離が得意ではありませんでした。
「いつか使うかも」「モノがもったいない」という気持ちで捨てられなかったのです。その考えが、ゲームを通じて少しずつほぐれてきました。


ドミニオンの「銅貨」や、Slay the Spireの「ストライク」は、役に立たないカードではありません。ゲームを始めたばかりの頃はむしろお世話になります。

ところがデッキが強化されてくると、「一応の役には立つ」ものの、カードパワーが相対的に弱くなり、本当に使いたいカードを引く機会を奪ってしまいます。かつて頼りにしていたものが、デッキ全体で見ると邪魔になっていくわけです。

これは、断捨離における「昔使っていたのに、もったいないと感じる気持ち」と通じる構造があると思いました。

実際に使っていた、欲しいと思っていたという記憶があるから、捨てるという判断が難しくなりますが、それと今の自分に必要かどうかという問題は、別の話です。


このように考えると、断捨離は「かつて必要だと思っていたものを、今の自分の状態に即してデッキから外す」という行為なのだと考えられるようになりました。

この見方ができるようになってから、ずいぶん物が捨てやすくなりました。

ゲームに意味はあるのか

ゲームをすることに意味はあるのか、という問いをときどき耳にします。
少なくとも私にとっては、こうして日常の見方を少し変えてくれる体験や、モデルを与えてくれる体験として、十分な意味があるように思いますね。

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